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INTERVIEW

【大阪発祥!MC&DJユニット】BZMR独占インタビュー

2018年9月22日、RivieraSapporoのイベントにゲスト出演された、MC B△ZZさんとDJ Akamaruさんのユニット・BZMRさんに、独占インタビューさせて頂きました!普段のプレイ中の事や、ユニット結成時のこと、大人気楽曲『Bazooka』制作時に関しての裏話など、ここでしか見られない秘話満載です!

 

【大阪から日本全国へ!MC&DJユニット・BZMRインタビュー】

 

●「BZMR」がどのようなユニットなのか、自己紹介をよろしくお願いします。


B△ZZ(以下、B):主に2人でレギュラーとして出演させて頂いている箱は、毎週月曜に大阪のG3、水曜にGIRAFFE JAPANとG2、金曜日がClub Bambi、日曜がClub Ammonaですね。

AKAMARU(以下、A):あと、毎月第2土曜日にOWL OSAKAと、OWLでの出演が終わったらそのまま神戸に移動して、LARUS KOBEで出演やな。

B:BZMRとして2人でのレギュラー出演スケジュールは、ざっくりこんな感じです。
移動含めての一日2箱出演は、割と身体的にもキツキツだったり(笑)

 

●BZMRというユニットを組むことになったきっかけを教えて下さい。


B:はじめは、Akamaruが元々やっていたパーティーに、共通の先輩がいたこともあって僕が後から参加することになったんですよね。
その時、年齢的なものとかで僕とAkamaruとタイムテーブルが被ることが多かったんです。
で、僕が「次のプレイはDJ Akamaru&MC B△ZZ!」みたいにずっと言ってて。
そしたらある日ポっと彼から「B△ZZ君、それ長いからさ、プレイしてる時はもうちょっとギュっと縮めてもええんちゃう?」
「DJ AkamaruとMC B△ZZで”BZMR”みたいなさ」って言われたんですよね。
「あっ、じゃあそうする?」みたいな感じで言い続けてたら、気付いたらBZMRになってました(笑)

A:もうね、結構ゆるっと。正直最初はユニット組むっていう前提じゃなかったので(笑)
最初の紹介の部分が長いから略して言っていたのが広まって、お客さんが「BZMR、BZMR」って言い始めてくれて、「あっ、じゃあもうなんか俺たちはBZMRでいこう」みたいな流れでしたね。

B:冷静に思い返すと、ホンマにゆるい発想からのスタートやったなあ。

A:そこからノリでロゴ作ってたら結構普及したので、もうとりあえず勢いに任せてTシャツも作ってみたりね。
その結果、思ってたよりも反響があったし、「もうなんか、うん、本格的にやろうか」ってなりました。

B:その結果が今ですね!

 

●BZMRさんは、B△ZZさんは緑・Akamaruさんは赤、と髪色含めてイメージカラーがありますが、その由来は何ですか?


A:元々、自分の名前のAkamaruだけに、赤が好きやったんですよね。
で、B△ZZは元から緑が好きやった。
そんな時、Club Bambiのオーナーに、「Akamaruは赤が好きなんだから、B△ZZは緑にしなよ」的な感じで言われたんです。
だけど当時、彼は毎月髪色を変えてて、話が出た時の髪色は紫か何かだったかな?
オーナーと「緑にすれば?」「わかりました、明日してきます!」的な会話をしてたと思ったら、翌日本当に彼の頭は緑色になってて、しかもめっちゃ似合ってるっていう(笑)

B:もうBambiのオーナー大喜びですよね、「お前最高だよ!!」って(笑)
そんなこんなで、今は赤と緑が定着したんですよね。

A:だけど、どっちかと言えば僕は最初、髪の色が赤いの嫌やったんですよね。

B:よく見たらわかると思うんですけど、決して髪色がガッツリ赤な訳ではない。
「Akamaru」って名前で誤魔化すあたり、ズルいわぁ・・・(笑)

A:アー写撮る時と、デカいフェスに出演する時だけはガッツリ色入れ直してますね。
ブリーチ思いっきりしないと色抜けまくっちゃうんですよね・・・
髪へのダメージが心配や・・・

 

●BZMRとして活動していく中で、大きなチャンスや転機になった点を教えて下さい。


B:自分らの楽曲『Bazooka』が流行り始めた時期に、MusicCircusへ出演し始めることが出来た点かもしれないですね。
その頃はある程度、「Bazooka=BZMR」として大阪でイメージがある程度固まってきてたし。

A:BazookaのPVも結構ノリで作ったんですよね。
カメラマンの人から「せっかくだし、PVでも撮ります?」って言われて、その時期ちょうどMusicCircusに出演が決まっている時期だったので、じゃあ出演のタイミングで撮ってもらおうか、ってなったんです。

B:さっき言ったように、MusicCircusの出演が決まった時期がかなり丁度よかったし、起爆剤はやっぱりBazooka。
自分らの知らないところでも色々な箱でBazookaが使ってもらえたりしてた時期にCircusに出演したこともあって、「あっ、あの曲の人たち、こういう人たちなんや!」って知名度も広まった感じですね。

A:やっぱり原点はBazookaやな。
Bazookaの経緯としては、ジャケットにも書いているようにClub Ammonaさんのサポートの下で制作できたのが大きかったかな。
っていうのは、Ammonaさんがシャンパンタイムで使える曲が欲しい、って言ってたんですよね。
だから若干自分らを売り込む形で、「シャンパンタイムの曲作るんで、使って下さい!」って。
そこからAmmonaさんの全面バックアップを受けつつ、全国にBazookaが広まっていきました。

 

●MusicCircusに数年連続で出演されていますが、どういった現場ですか?


A:フェスということもあり、普段自分たちのイベントに来ていないお客さんも勿論多いので、新規ファンの獲得にはもってこいの場だなと。
Circusに出演する度にTwitterのフォロワーが何百人って増えたりするので、ありがたいです。

B:僕個人としては、初出演の時に唯一緊張しなかった現場。
そういう現場はCircusだけでした。
フェスを楽しみに来ているお客さんが多いから、フェスとしての雰囲気が良い気がしますね。
個人的にはすごくアットホームでやりやすい現場だなって感じています。
僕ら目当てのお客さんも居てくれるけど、「フェスを楽しみたい!騒ぎたい!」っていう人が多い印象を受けますね。
そんな環境やし、僕自身かなり楽しんで出演させて頂いてるんですけど、いきすぎてAkamaruに怒られてしまうこともあったりします。
元々は彼が僕の飼い主っていう設定なので、僕がいきすぎてたら首根っこ引っ張られますね(笑)

A:最近こいつ言うこと聞かんねん。

B:んなことないやろ!(笑)

A:いや引っ張っても重たいもん、物理的に。
昔はもうちょい細かったやん・・・(笑)

 

●普段の出演の中で、オーディエンスを盛り上げているために心がけていることを教えて下さい。


A:流れの中で、強弱を付けれるように気を付けていますね。
お客さんを躍らせる部分・休ませる部分の緩急を付けなきゃあかんと思うので。
短いプレイ時間だったらそのままアゲきるんですけど、そうじゃなかったらフロアを揺らせるような時間帯も作りたいなと。
そういったところは割と意識してますね。
だけど全体を通しては、BZMRとしての自分らの時間が楽しかったなって思ってブースを降りれるようなプレイを心掛けています。

B:僕は、彼が100%のプレイをしてくれたとしたら、それを120%に持っていけるようなMCを心掛けています。
出しゃばる・出しゃばらないの話ではないけれど、全体の流れを壊さない程度にマイクで印象付けをしたいっていうか。
DJが100%のプレイをしているのに、それをMCが80%にしてしまうのはやっぱりダメだと思うんですよね。
色々な現場を見て回っていたら、そういう人も中には居るなって感じたりするので、自分は気を付けようって思っています。
例えば「今、Akamaruはフロアを躍らせにいってるんやな」って僕が感じたら、曲調とかを受け取った上で、そういうのを狙ったMCをしますね。
DJの音の波に自分も乗っていくような感覚です。
波に反抗せず、一緒に合わせて音の波に乗っていくことで、お互いが良いバランスになるんじゃないですかね!

 

●日本各地の様々なパーティーを回っていらっしゃいますが、その中で日本のクラブシーンについて感じた特徴などはありますか?


A:地方や箱によって、やっぱり使われてる曲のジャンルはかなり違いますね。
自分たちのスタイルに合っていて「やりやすいな」と感じるのは勿論大阪ですけど、僕ら的には東京・名古屋・北海道とか、関東圏がやりやすいですね。
っていうのは、普段からMCを置いている箱っていうのが僕的にはやりやすいんです。
MCがいない箱っていうのは、普段からDJさんの音だけを聴いているんで、MCの声を邪魔だと感じてしまいがちな気がするんですよね。

B:まあ、普段は大阪が拠点やし、お客さんの空気感を掴むのが難しいっていうのは勿論ですね。
せやけど、普段と違う空気感の現場だからこそ、地方が楽しいっていうのも確かにある!
普段自分たちがいる環境の有難さも改めて感じることが出来る、っていう点もありますね。

 

●オリジナル楽曲『Bazooka』で日本全国に知名度が広まった訳ですが、Bazooka制作時のお話をお聞かせください。


A:ぶっちゃけた話なんですけど、元ネタがKEN-BOWさん・HiBiKiさんの楽曲『Scream!!』なんですよね!
初めて聞いた時に「これカッコええな」って思って、お2人に「これパクっていいですか?」って直訴したんです(笑)

B:やっぱりそういったとこのスジは通さんとな(笑)

A:「リスペクトも込めてパクっていいですか?」ってね(笑)
そしたら意外とすんなりOK頂けたので、それからは先ほども言ったようにAmmonaさんの完全バックアップの中で制作に取り組み始めました。
こだわった点としては、その当時、僕らは地方遠征で沖縄しか行ったことなかったんです。
B△ZZが沖縄のことめっちゃ好きで、沖縄感を出したいっていうのがあって、中盤にそれっぽい感じの部分をを入れたんですよね。

B:元々は、大阪の人たちが沸き立つような曲になればええなって思ってたんですけど、自分が沖縄好きやし、ハイサイからインスピレーションを得ました。

A:僕は沖縄を狙って作ったつもりだったんですけど、最初はあんまり大阪でウケなかったんですよね。
結果、札幌だとか東京だとか、日本の上の方からジワリジワリとウケてきた感じで。
中盤部分の指笛は、実際に沖縄に住んでいる後輩に頼んで録ってもらいました。
サンプルとかじゃなくて生音なんですよね!

B:指笛のところで皆さん結構両手を上にあげてイヤササーってしてくれてると思うんですけど、本場では女の子は手をパー、男の子はグーにするんです。
沖縄好きとしてひとつだけ本場のハイサイのポイントを伝授するとしたら、そこですね!
僕なんて沖縄でパーにして踊ってたら怒られましたもん(笑)

A:「バズーカーーー!!」っていうシャウト部分に関しては、実はあれ一発録りなんですよ。
製作途中で色々と合いそうなシャウトを捜したんですけど、イマイチどれもピンとこなくて。
B△ZZに「マイクの前にとりあえず立ってみ!」って無茶ぶりして、Drop直前の「ドーン!」って音を鳴らしたんです。

B:その音を聴いて、マイクの前の僕が何も考えずにポっと放ったのが、あの「バズーカーーー!!」な訳で(笑)

A:その後、何回か録りなおそうとはしたけど、ノリでやったやつだから同じ声が全然出なくてな(笑)

B:渋い声にしたりもしたんやけど、なんか違ったんよね。

A:結局、編集無しでアドリブのソレを使うことになりました。

 

●楽曲制作の際に心掛けていることは何ですか?


B:自分たちとお客さんが一緒になって、一体感を感じながら楽しめるような楽曲にしたいなと思っていますね!
わかりやすく言えば、Bazookaのヘイホーの部分だとか。

A:僕は、自分の好きな曲があったら、それを変化させてメロディやらなんやら考えるようにしてますね。
声とかシャウトはB△ZZに任せっきりなので。
メロディラインを完成させた上で、「じゃあ1週間以内によろしく」みたいな感じで彼に渡しています。

B:音源を渡されて、独特で本当に難しかったものとしては『Meerkat』ですかね。
いつもなら、Bazookaのシャウトを録った時みたいに、発想でパァン!って思いつくんですよ。
けどMeerkatは全然そうはいかなくて、全く浮かんでこなくて。
僕自身、病みに病みましたね。
もう謎のモードに入りまくって、普段はまあ見ないのに、謎にNHKの番組見てたんですよその時(笑)
そしたら、「民族の葬式は・・・」みたいな番組が偶然放送されていて。
そこで、棒を持った民族が「ヴーリラーララァ・・・ヴラァ・・・」みたいな声をあげながら葬式してる様子が映ってたんですよね。
それ見て「これや!!これでいこう!!」と。

A:Meerkatは、札幌でプレイすると毎度結構人気あるような感じの手応えやね。
みんな「チョマチョマ」言うてるし。
けどB△ZZ、アレ特に意味無いんやろ?

B:いや、あれにも一応あんねん!

A:あ、意味あるんや(笑)

B:あれ実は「チョマ!チョマ!」とは言ってなくて、「チョボ!チョボ!」なんですよね。
っていうのは、これもさっきの民族の葬式の映像の中で流れてたやつなんやけども、元は「オザァ!オザァ!」って言ってて。
けど、さっきも言ったように、お客さんと楽曲を通して一体感を感じて盛り上がりたいのに、オザって言ってもなんかようわからんよなあ、と。

じゃあどうする?ってなって、「飛ぼう!=トボォー=チョボォー=チョボ」に落ち着きました。

A:ちなみに、MeerkatっていうのはClub Ammonaのモナキングとのコラボ楽曲になっているんですけど、曲の中に実は「Ammona」っていうワードが入ってるんです。
よく聴いたら聞き取れるかなーって感じ。

B:「Ammona」って言ってるのがわからんように隠してあるんですよね!

A:「隠れAmmona」的なね。皆さんには是非、よく聴いて探してみて欲しいです。

B:チョボのところもそうだし、Meerkatは僕とAkamaru、それぞれの発想の転換が重なって完成した楽曲です。

 

●今後の展望をお聞かせください。


A:楽曲面に関しては、今同時進行で3曲くらい制作を進めているので、それは年内に出したいなと思っています。
それに加えて、個人的には、海外の現場を回ってみたいなっていうのがありますね。
まだ韓国しか行ったことないので。
アジア中心に色々巡ってみたいなって考えています。

B:出来るんやったら、僕個人としては月1韓国レギュラーとか出来たら嬉しいですけどね!
あとは、これからも2人で仲良く楽しくやっていけたら一番かなと思ってます。

A:なんか、クラブ以外でも活動してみたいよな!

B:確かに。ラジオMCとかやってみたい!
なんならテレビの雛壇にも座ってみたいし(笑)
やらなきゃいけないこと・やりたいこと、まだまだたくさんなので、BZMRとしての夢もまだまだ膨らんでいきますね!

 

■BZMR
INTERVIEW

【2017 Red Bull 3Style Japan チャンピオン】 DJ RINAインタビュー!

RedBull 3Style Japan Champion 2017のDJ RINAさんにインタビューさせて頂きました。

RedBull 3Styleの裏話やDJプレイに対しての姿勢など、ここでしか聞けない話が盛りだくさんです。お楽しみください。

 

●DJを始めてから今現在に至るまでのキャリアを教えて下さい。

17〜18歳くらいの頃に地元の仙台でDJを始めました。
7年くらい仙台でDJをした後に上京して、その後は約7年続けて今に至ります。
お恥ずかしい話、DJを始めたきっかけは、当時クラブに好きな人がいたから(笑)
クラブに行ったら好きな彼に会えるっていうのもあったし、当時はわたしのいとこがクラブでDJをしていたので、
自分も演者というか、出演者側になれば少しは彼に近付けるんじゃないかなっていう考えもあって。
それまでもHipHopは聴いていたんですけどね!
あるあるっていうか、「モテたい!」っていう気持ちも若干あったのがきっかけっていう、少しお恥ずかしい話です(笑)

●昨年KING∞XMHUで行われた、Red Bull 3Style Japanのファイナルで優勝された際の心境をお聞かせ下さい。

信じられない、っていうか、「あっ、やっと優勝した・・・」っていう心境でした。
というのも、去年で3度目の挑戦だったんですが、あまり表に出さずとも、自分の中で「絶対優勝したい」っていう気持ちがあったんです。
だから、やっと3年目で達成できたっていう部分が大きかったですね。

優勝後は、特に自分の中でのDJすることへの向き合い方・想いなどは変わらなかったですし、クラブDJとしての想いにも特別大きな変化はなかったです。
ただ、優勝できたからには自分の今後にそれを繋げていかなきゃ意味がないので、そこの意識をどう変えるか、っていうのはすごく考えましたね。
「優勝したから終わり」だとダメだし。
そこは正直、今でも悩んでいますね。


●その後のRed Bull 3Style WorldFinalにてGlandFinal進出という快挙を成し遂げられましたが、その時の心境を教えて下さい。

まず、2日目に出場した予選で負けてしまったんですけど、その後「ワイルドカード」っていう形で生き残ったんです。
実際わたしは予選で1度負けてしまっている訳ですし、そうなったことでポーランドのお客さん達も期待してくれていたんですけど、逆にそれがプレッシャーでした。
自分自身の「残りたい」っていう気持ちと、期待してくれている人の気持ちに応えられるかどうかの不安と、どっちなんだろうって。
そこのプレッシャーに負けそうになってしまいました。
本来なら、ワイルドカードの枠を頂いた段階で切り替えるべきだったんですが、やっぱり何よりも一番プレッシャーを感じてしまいましたね。
じゃあ実際にワイルドカードが発行されました、さあやろう!ってなったところで、リハーサルが発表の3時間後くらいだったんですよね。
それで、どうしよう?って考えた時に、自分も10年以上DJをした上で3Styleで3年間出場してきているけれど、やっぱりクラブDJとして、自分らしさを出せることが何かあるか?って思ったんです。
3Styleも新しいものを求めている訳だし、じゃあもうクラブDJらしくやっちゃおう!って結論に至りました。
プラス、去年までは同じルーティンでプレイしている出場者が多いイメージだったので、クラブDJとしてはそういうプレイもしたくない・常に新鮮なものを取り入れたいっていう気持ちがありました。
それで、FinalではクラブDJとしてのプレイスタイルを貫きました。

本当に色々な経験をこの大会ではさせて頂いたと思います。
予選を終えてからワイルドカードが発表されるまでの2日間とか、とにかく一番大事だったのはメンタル。
そこでどうメンタルを鍛えるか、マインドコントロールじゃないですけど、「自分は絶対残るんだ!」って思いこまなきゃいけなかった。
日本に帰ってきて、「史上二人目の女性のワイルドカードおめでとう!」って言ってもらえることもあるんですけど、
わたし自身としてはやっぱり、色々な反省点もあったなって思います。

●普段プレイする際、選曲はどのようなことを意識して構成されていますか?

選曲は、お客さんがどういうものを求めてるか考えていますね。
仮に1時間のプレイ時間だとしたら、その時間でどれだけ盛り上げようかな、とか。
例えば、お客さんに合わせるプレイと自分のやりたいプレイ、どんな割合で進めようかな、って。

●普段のプレイの中で、一番ご自身が大切にされている事は何ですか?

やっぱり、グルーヴ感。
わたし自身よくクラブに遊びに行くので、いろんなDJさんのいろんなプレイを見るんですけど、遊びたい・お酒飲みたい・踊りたい、って色々な感情になった時に、グルーヴが良いとその気持ちがもっと昂る気がするんですよね!

●ご自身の思い入れのある曲を一つ挙げるとしたら?

いっぱいありますね(笑)
ここ最近で言ったら、3Styleの時も使ったんですけど、NASの『You Owe Me』のFS GreenのRemixです。
わたしの中で2年くらい前からのテーマというか、彼のMixやRemixがすごく好きなんですね。
初めて彼のDJMixでこの曲を聴いた時に、「なにこれ、なにこのRemix!」ってなって。
だけど、色々なサイトを捜してみてもどこにも無くて、本人のInstagramのDMで直接問い合わせてみたんですよね。
「わたしは東京でDJをしてて、あなたのこのRemixを買いたいんですが、どこにありますか?」って。
まあ当然ながら全然DMの返信がこなくて。
けど、2か月くらい後にG-Mailの方でメッセージが送られてきて、「コンタクトしてくれ」って言ってくれたんです!
それで再コンタクトをとったら、彼が音源をくれたんですよ。
もしかしたら日本でこのRemix持ってるの、わたしだけなんじゃないかなって思って。
彼の曲もグルーヴも好きだし、3Styleに出場したら絶対これを使おうと決めていました。
絶対審査員もびっくりするだろうし、それだけじゃなく自分にとってもすごく大切な曲だから。

彼が日本に来た時も、わたしが優勝した後だったので、出場時の動画を見せて「使ったよー!」って(笑)
そんなこんなで、この曲にはすごく思い入れがありますね。

●今現在、様々なソフト・デジタルな機器でプレイするDJが増えていますが、そういった機材選びの際に大事にすべき点について、今後DJを始めていく人たちや、機材を変えようか検討している人たちへのアドバイスはありますか?

わたし自身、どちらかというとアナログタイプだし、新しい機材とかに鈍いんですが、
時代的にはソフトも機材もどんどんここ数年で進化してきてますよね。
針のないターンテーブルだとかね。
そんな中で、色々なものを試すのはもちろん良いと思うんですけど、
自分に合ったものをしっかり見つけた方が良いのかなっていうのはやっぱり思います。
新しいものにどんどん変えていくのは良いことだし、海外のDJさんもどんどんゲットしてUPして、ってしてるし。
だけどそこで、やっぱり自分に合ってないと良いプレイもできないだろうし、DJするのも楽しくないんじゃないかな。
わたしも、ミキサーを新しいものにしたのは去年とかの話だし。
「自分にとって良いものを見つける」っていうのを重視して欲しいですね。

●ご自身の今後の展望をお聞かせ下さい。

色々あるけれど、まずはクラブDJを続けながら、色々なことをシェアできる人になりたいなと思いますね。
自分の意志が感じられなかった面っていうのがここ何年間かで結構あるんですが、そんな中でも、Red Bull 3Styleの中で感じた事も少なからずあるので、それを他のDJさんにもシェアしていきたいです。
DJのスクールも今やっているんですけど、DJの面白さをもっと伝えていきたいです。

 

 

■DJ RINA

RedBull 3Style Japan Champion 2017
RedBull 3Style World Finalist 2018

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HYPECRIER.TVINTERVIEW

【ORIENTIS RECORDINGS初EP本日リリース!】BABY-T&SHOTA Interview!

6/23にRiviera Sapporoにて行われ、我々CM.JPも携わらせて頂いたORIENTIS RECORDINGSのレーベルローンチパーティー「GOLDEN DOLPHIN 」にスペシャルゲストとして登場した、BABY-TさんとSHOTAさんにインタビューをさせて頂きました!

レーベル設立の経緯や、日本のクラブミュージックシーンの第一線でご活躍されているお2人のここでしか聞けないお話が盛りだくさん!

どうぞご覧ください!

新レーベルORIENTIS RECORDINGS・BABY-Tさん・SHOTAさんの詳しい情報はこちらの記事からご覧ください!

【注目の新レーベルORIENTIS RECORDINGS】BABY-T&SHOTA特集!

 

BABY-T&SHOTA Interview

◇今現在に至るまでのキャリアを教えて下さい。

BABY-T

僕が始めたきっかけは、今EXILE The SecondとかDoberman Infinity.のDJをやってるDJ HALさんって方がいるんですけど、その人が俺の中高の先輩だったんですよね。
その時HALさんがDJしてるのを見て、初めてターンテーブルの存在を知りました。

元々洋楽は中学くらいの時から聴いていたので、自分の好きな洋楽をああやってコントロールできるものがあるんだなーって思いましたね。
そこから一気にのめり込んでいって、17歳になる少し前くらいにターンテーブルを買って、それから何が何でもプロのDJになってやるぜと意気込んで気がつけばもう14年間くらいやってますね。

SHOTA

僕は大学生の時に、学生イベントサークルを自分で運営していたんですよね。
毎月クラブでイベントをやってる中で、クラブの関係者さんから「どうせだったらDJデビューしてみない?」って言われたんです。
「その代わり、デビューイベントに100人集めてくれ」って。
そんなの全然余裕っすよー(笑)って感じで、そこからプロのクラブDJさんにDJのやり方を教わりました。
それが大学3年の時くらいかな。

DJ活動をするようになってから、あるDJさんにめちゃくちゃ憧れを持っていました。
それが、今となりに座っているBABY-Tさん(笑)
いろんなDJさんのプレイを聴いたんですが、僕の中でダントツで上手いし独創的なプレイをするなって思ってて、ずっと喋ってみたいなって思ってたんです。
わざわざプレイを見に行くくらい楽しみで。
たまたま現場が一緒になる機会があった時に、僕はその日のイベントのラストパートを担当していたんですけど、たまたまBABY-Tさんが最後までプレイを見ていてくれたんです。
それで、後日共通の知り合いの先輩から「一緒に近々オープンするクラブのパーティーに若手DJ枠としてSHOTAを入れたい」って言ってくれてるというのを知って。

その時大学卒業手前の最後の試験を控えていた時期で、僕は就活を終えて内定を頂いてたんですけど、「こんなチャンス二度とないぞ」と思って、卒業と内定を辞退するという苦渋の決断をしました。
それがDJの道に進むことになった経緯です。

BABY-T

これは嘘のようでマジな話なんですよね!
「えっ、このDJ誰!?」ってなって、速攻連絡先を聞きました。

SHOTA

当時は、BABY-Tさんみたいなスタイルのプレイを真似しようと頑張ってたんですよね。
それも良かったのかなっていうのはありますね。

BABY-T

衝撃の出会いですね(笑)
そっからはもうずっと一緒です。

SHOTA

ひたすらBABY-Tさんについてきましたね!

 

◇今に至るまでの、飛躍のターニングポイントを教えて下さい。

BABY-T

基本的にはDANCE MUSICや、元々の自分のバックグラウンドがあるBLACK MUSICを混ぜてプレイしているんですけど、とにかくテクニックで勝負してやるって思ってたんですよね。
Redbull 3 Styleに代表されるようコンペティション面に重きを置いていたんです。

当時、コカコーラ社のエナジードリンクBurn主催のコンペティションがあって、それがきっかけですかね。
その時世界的にもアップライジングなコンテンツであったDJというものをメジャーにするために、テレビ中継とかラジオ中継とかもバンバンやるような感じで。
その大会で決勝に進出できたことで、テレビでも注目されたりしたので、そこが完全にターニングポイントですかね。

SHOTA

僕は、ターニングポイントとかそういう感覚はあまりないんですけど、唯一挙げるとしたらDJ HACKsという自分で立ち上げたブログが「EDM」という検索ワード1位を取れるくらいまで成長した時ですかね。
最初にBABY-Tさんにお誘い頂いてDJをやるってなった時に、親に反対されました。今まで中学受験をして私立のいい中高に通わせてもらって、大学まで通ってそれで何の相談もなしにDJになりますって、親が許すわけがないですよね。もちろん反対されましたけど、親不孝な息子でも心配はかけたくないと思って、ちゃんと昼間に働こうと思いました。DJというと夜型の生活、不規則な生活というイメージがあると思うので、そうではなくちゃんと日中も活動して人間的な生活をしようと思ったんです。なおかつ本業のDJにも還元できるような仕事がしたかったから、自分でブログを始めてみようと思ったんです。
あとはBABY-Tさんだけに信じてずっとついていったっていうのが今の立場にいられる理由だと思っています。

2016年からelectroxのような国内のビッグフェスに出演させて頂いてるんですけど、そういう大きなフェスに出られるようになったのも、BABY-Tさんの下でやらせてもらえてたからなのかなと。
その軸だけは絶対ぶらさないで信じてやってきたから、ここまでに至ることができたのかなーって思います。

 

 

◇今回設立されたレーベルは、どういった経緯で設立されたのですか?

BABY-T

俺は当時所属していたプロダクションを契約満了のタイミングでそこを離れて独立するってなった時に同じプロダクションに所属していたSHOTAにもそれを伝えて、できれば一緒にやりたいと。

SHOTAを呼んで、「一緒に独立するならSHOTAしかいないから」っていう相談をしたら、本当に0.3秒くらいで「やります!!!」って感じで。
本当二つ返事で、「じゃあ来週話ししてきます」みたいな(笑)

SHOTA

まあ僕の立場から言うと、ずっとBABY-Tさんの下で色々なイベント出てきたりしたから、もっと2人で世界に進出したいって考えてきたんですよね。
自分で作った曲を売るためには、それを売る方法ももっと考えなきゃいけないなっていうのがあって。
それで、世界でやっていくためにはどうしたらいいか?って考えた時に、自分たちでコントロールできて、自由に表現できるレーベルを持つっていうのは戦略の一つにありました。
だから僕もBABY-Tさんからそのお話を頂いた時は、すぐに「じゃあ次のステップにいきましょう」って感じでした。

 

 

◇ここ何年かでの日本のクラブミュージックシーンの変化について、お二人が感じていることを教えて下さい。

BABY-T

EDMに関して言えば、悪く言えば飽和してるかなって思いますね。
良く言えば、本来あるEDMの形に戻りつつある。
4つ打ちはHouseとして大きく分類されるようになったり。
HipHopはHipHopでちゃんとあったりしてね。

フェス系の文化も良いけどクラブの文化も良いから、そういう意味で言えば、今のクラブシーンは、大きくなりつつも本来の形に収まっていこうとしているのは良いことなのかなって。

日本のDJやクリエイター達が間違った方向に進んでいかなければ、多分日本のクラブミュージックシーンっていうのはもっと大きくなるのかなと思います。
機材の進化もありますしね。

SHOTA

僕はちょっと違う観点なんですけど、世界を目指そうとするクラブが増えたかなーって感じています。
特に東京にいると、それを感じる。

DJだけでなく、映像や演出の部分でそういうのがあるのかなって。
各クラブにレベルの高いVJを常駐させて、ライトジョッキ(LJ)も改装を重ねていますね。
上の人たちが社長を説得するためにラスベガスに出向いて、
「これが本場のクラブです、日本にも導入しましょう」って説得したりしています。

そういったこともあり、世界を見る人が増えたのかなって思います。
東京オリンピックもあるし、外国の客層を増やしたいっていうのもあって、世界基準のクラブが増えてきたのかもしれないですね。

BABY-T

確かに、5年前くらいから、オリンピックが一つの指標なのかなって感じますね。
それはすごく良いことだと思う。

 

◇今までで一番印象に残っている現場はどこですか?

BABY-T

マリンスタジアムでやった、AviciiのJapanツアーですかね。
あの景色を見た時に、自分はまだまだ上を目指したいなって思いました。
動員5万人というあの規模感の現場に立った日本人DJが数名しかいない中で自分が立てたっていうことは、本当に光栄ですし素晴らしい経験をさせてもらったなって思ってます。
なおかつ、彼はもうレジェンドになってしまった訳なので、これからもずっと記憶に残っていくかなーと思います。
彼のドキュメンタリー映画に自分が映ってた時は本当に感動しました。

SHOTA

僕は、今月の頭にThe ChainsmokersのLiveに出演させてもらったとき、初めて1万人以上の前でDJさせて頂いて、身震いしましたね。

けど一番印象に残っているのは、2回目の出演になった、1年前のElectroxです。
出演1年目は、サードステージのオープンだったんです。
だけど2年目はセカンドステージのオープンをやらせてもらうことになって。
今はあまりなくなったけど、当時緊張しいだったので、今まで立ったこともないくらいのでかいステージに鬼ほど緊張しましたね(笑)

SHOTA

本当にそんな感じだった(笑)
けどやっぱり大勢の人に見られるということに慣れてくると、逆に人数が多くても楽しめるようになってきました。

BABY-T

SHOTAはパフォーマンス中に何よりも自分が楽しんでる。
みんなを巻き込める楽しさがあるから、すごく良いなーって思いますね。

The Chainsmokersの時もそういう感じで、見ててすごく楽しかったし!

 

◇楽曲制作の上で、一番意識していたり大切にしたりしていることは何ですか?

BABY-T

俺は曲を作るときのタイミングで好きなものも違うし、CLUB DJなんでトレンド意識したりその時の好きなものの幅がすごく広いんですよね。
そこで一番気にしているのは自己満足で終わらないこと。
自分が良いと思ったからいいや、ではなくて、多くの人に心も体も踊ってもらいたい。
なので完成したらまず色々な人に聴かせます。
ダメだったらダメで、どこがダメかしっかり聞く。
その後で自分で噛み砕いて自分の作品にしていくことをめちゃめちゃ意識してます。

SHOTA

楽曲制作についてはまだ僕は全然日が浅いんですけど、一言で言うならエモーショナルな部分を大事にしています。
Asteroidっていうユニットをやっていて、FutureBassが今は多いかな。
エモい音楽を作りたくて、でもゆくゆくはミュージカルっぽい曲を作ってみたいなとも思ったり。ディズニーランドで流れてるような(笑)

なんかワクワクするようなのとか、感動するのとか、そういう音楽を作りたいなって考えてますね。

 

◇DJだけでなくTrackMakeにも着手するのには、どのようなきっかけがあったのですか?

BABY-T

正直に話すと「DJって人の曲かけてるだけでしょ?」って言われるのがすごく嫌だった。
自分の中では大きなこだわりが、他人からすると小さいものであったり。
そんな中で好きな音楽を自分の手で表現できたら自分でも作りたいなって思い始めました。
一回やったら本当に楽しくて一気にのめり込んでいきましたね。

SHOTA

DJとして世界に通じるためには、楽曲制作をする力が必要だなって外タレを見て思ってたんですよね。
外タレはなんであんなに人気なのに、日本のクラブDJはそこそこなんだろうって考えた時に、やっぱり楽曲自体にファンがついたり、楽曲から伝わってくるその人のアイデンティティがあったり、そういうところかなって。

あとは、自分でアフタームービーだとかそういった映像を作ろうってなった時に、じゃあBGMはどうする?って。
最初はフリーの音源を探してたんですけど、他のアーティストのアフタームービーとかを見たら、自分のプロモーションも兼ねて自分の楽曲を使っていることが多かったんですよね。
そういうところで、他の人が作った曲を使っててもなんか違うなーって感じ始めて。

僕はそういう些細なところから、「曲作らなきゃ」っていう活力が生まれていますね。

 

◇今後の展望をお聞かせください。

BABY-T

日本から国外に発信できるレーベルって、今まであったようでなかった。
それを自分たちの力でやろうとするっていうのは、正直すごく大変だけど大きい意義があるなって思ってます。

楽曲を発信するのは大きなレーベルからでも勿論良いけど、自分の熱意がリスナーの人まで伝わりにくいと思うんですよ。
自分たちの情熱をそのまま外の世界に「想いを形にする」っていうのを確実にしていきたい。
そういったところで、まずは日本からアジアまでを一つにユナイトしたいって考えてますね。
来月出る最初のEPからも、韓国のクリエイターにオファーしたりしてますし。
そうやってアジアでの繋がりを大事にしながら、大きな一つのマーケットを作って、ヨーロッパとかの人たちにもまず見てもらえる土壌を作ろうと思ってます。

SHOTA

僕も一緒ですね。
見ているところは世界なんだけど、アジアからの世界、みたいな。
アジアって今、外タレからは「めっちゃ稼げる」みたいに思われているところがあるので、アジアツアーで回ってきたり、アジアのアーティストとコラボしたりしているんですよね。
アジアって、やっぱりUSやヨーロッパと比べると到底追いつかないってところがどうしても出てくるから、日本から頑張るってなるとまずはアジアで仲間を増やして行くところから始まるのかなと。そしてその中心に僕たちが立つ。

そこから、初めて世界が見えてくるのかなって思います。
もっともっとアジアの国でDJして、日本のクラブシーンをリードしていきたいです。

BABY-T

あと、若い人たちにもっとチャンスを与えたいですね。
日本のDJシーン全体でそれができれば、もっともっと日本は世界で十分闘っていけると思うんですよ。
だから若くて才能のある人たちは是非、うちのレーベルに楽曲なりDJしてる動画だったりそういうのをどんどん送って聴かせて欲しいなって思っています。

キャリアとか年齢とかそういうの関係無しに、才能さえあれば一緒にやりたいと考えていますので!

SHOTA

僕たちも、門戸開いてイケてるレーベルでイケてる才能を開花させたいし!
クラブシーンの事を考えているから、シーンを良くしていける人たちは、是非プッシュしていきたいです。

BABY-T

やっぱりみんなで手を繋いでやっていきたいよね。

 

◇ファンの皆さんに一言お願いします。

BABY-T

これからの俺たちの動きに注目してほしいのは勿論なんですけど、それ以上になんか面白そうだなってついてきて欲しいなって思いますね。
将来的に今まで見せられなかった景色を、皆さんに見せられる自信がありますので!!!
是非とも一緒に夢見ましょう!

SHOTA

レコーディングスの方はレーベルなんですけど、オリエンティスっていう一つの会社としては、今後色々なことをやっていきたいと考えています。
イケてるクリエイター集団にしたいので、面白いことを色々企画していきたいです。
今まで見たことのないクラブシーンをつくっていきたいですね。
どこかで絶対皆さんの目につくように、僕たちは頑張っていくので、見続けて欲しいです。

「こうやったら面白いんじゃないか」みたいなのがあったりしたら、是非問い合わせフォームに送り付けて下さい(笑)
みんなで面白いクラブ業界を作っていきましょう!

 


 

サインも頂きました!

まとめ

いかがだったでしょうか?

DJ、そしてプロデューサーとして、日本はもちろんアジア、世界へと発信していきたいと語るお2人とORIENTIS RECORDINGSにこれからも目が離せません!

そしてなんとORIENTIS RECORDINGSから初のEPが本日7/13リリース

SHOTAさんの初オリジナル楽曲から、DJ TORA.HIRAPARK.Pure 100%と豪華なプロデューサーの方々の曲も収録!

リンクはこちら!  ↓  ↓  ↓

>>> Destiny EP <<<

 

 

■ BABY-T

 

■ SHOTA

 

INTERVIEW

【Groove Houseシーンの中心!!】WILL K 独占インタビュー!

今回のインタビューは先日Riviera Sapporoにて行われた、大人気イベント「Girls Girls」にスペシャルゲストとして登場したWILL KをCM.JPがインタビューさせて頂きました!

楽曲制作の裏話などここでしか聞けない話も…!

WILL Kについての詳しい記事はこちらを御覧ください!

>>【Groove Houseシーンの中心!!】WILL K特集!<<

 

Interview

◇近年様々なメジャーレーベルから楽曲を排出し、Groove Houseシーンを牽引されていますが、今に到達するまでのキャリアを教えて下さい。

始めたのは15歳のときで、そこから色々な音を経験しながら、スタジオに入ってトラックメイクに携わるようになって、今に至ります。

 

◇ご自身のキャリアの中でも、ターニングポイントはありましたか?

ターニングポイントは、Axtone Recordsから『Café Leche』をリリースしたときで、そこから注目されるようになって、色々なレーベルから声をかけて頂く機会が増えたね。

 

WILL K – Café Leche

◇今回で2回目の札幌となりますが、印象はどうでしょうか?

実は東京と大阪に行ったことがあって、日本に来るのは4回目。
今回、札幌のクラブであるRiviera Sapporoでプレイをさせて頂いて、とてもお客さんの反応が良くて、僕は必ずしも大きいハコが良いとは思っていないから、この位の大きさだとお客さんと近くで”キャッチボール”が出来てとても良いと思うし、何より楽しいね!

 

 

◇色々なレーベルから精力的に楽曲をリリースされていますが、曲作りの際のインスピレーションはどんなところから湧いてくるのでしょうか?

僕は作曲をするときはラップトップとヘッドホンがあればスタジオでなくてもするから、その時々で違うのだけど、その時期に聴いていた音楽に影響されたりもするし、今回の来日でも何か影響されることがきっとあると思うよ。

 

 

◇DJをする際に、選曲やMIXで意識されている点はありますか?

基本、意識しているのは、前半では自分の作った新曲だったり、流行っている曲だったりを掛けて、後半は逆にメロディー嗜好というか、自分の中でその時に流行っているメロディーを掛けたりしているね。

 

 

◇ご自身の曲で思い入れの強い曲はありますか?

一番自分の中で印象の強いトラックは、Thomas Newsonと共作した『Saxo』という曲なんだけれど、この曲はもういつ掛けても必ず盛り上がる印象があるね。そう言いつつも、もう一つ印象が強い曲があって、『Sour Milk』という曲なんだけど、この曲は僕が一番最初に作った曲なんだ。
また、この曲がAxtone Recordsと契約されたことで自分の中でこのスタイルで行こうと方向性が決まって、大きく自信が付いたことも理由の一つだね。

 

 

Thomas Newson & WILL K – Saxo

WILL K – Sour Milk

◇今後の自身の展望についてお聞かせ下さい。

これから自分はもっと色々な曲を作って、色々なところにツアーで回って、沢山のファンの皆に会いたいと思っているよ。
リリース的なことで言えば、Spinnin’ Recordsからこれからいくつか出る曲が決まっていて、一つはMAKJとのコラボが決まっているね。
あとは、Jebuとのコラボも決まっているよ。
近いところではこんなところかな。

 

 

◇日本のファンに一言お願いします。

みんなのおかげでまたこうして日本に来ることができて嬉しく思っているし、DJをする上で日本のファンは他の国より音楽を楽しんでくれてるって印象があるよ。これからも日本のファンのみんなに僕の音楽を届けていきたいと思っているよ。

 

 

 


まとめ

いかがだったでしょうか?
世界を股にかけて活躍するGroove Houseシーンの中心人物Will Kのインタビューでした!

数々のヒット曲をリリースしている彼の楽器制作のお話や、思い入れのある曲など、良いお話がたくさん聞けました!

次回のCM.JPもお楽しみに!

 

■WILL K

■Twitter @itswillk
■Facebook willkofficial
■SoundCloud willkofficial

 

HYPECRIER.TVINTERVIEW

【国内外で活躍中】DJ IKUインタビュー

先日、Riviera Sapporoにて開催された「SANNY SAUNDAY」でゲストDJとしてプレイされたDJ IKUさんのインタビューを紹介します。

 

◇クラブDJ、ターンテーブリストとして最前線で活躍されているIKUさんのキャリアを教えてください。

DJに出会ったのは、2002年。
DMCというDJバトルの大会があって、それをたまたま見に行く機会があってそれで衝撃を受けて始めました。そこから、DMC JAPAN FINALに出るという目標を掲げてやり始め、2005年には、目標としていたDMC JAPAN FINALに出場することができました。
大きなモーメントとしては、2008年Red Bull Street Styleという大会で初めて日本一になったことです。その2年後の2010年に、Red Bull 3Styleという大会で優勝しました。そして今日に至るかんじです。

 

◇IKUさんにとって札幌はどんなところでしょうか?

2010年か2013年ぐらいに札幌に初めて来た時にはもう、コミュニティがしっかりしているなという印象があって、特に札幌は、先輩、後輩の関係もしっかりしているという印象がありました。あとはクラブによって、色分け、住み分けがはっきりしているなと。ジャンル的にとか、お客さんもプレイヤーも。

 

◇グルーブ感を保ちながらスクラッチ、2枚使いをパーティーに落とし込んでプレイするスタイルの秘訣は何でしょうか?

やりすぎないこと。
どこに自分の強みを出すか。ストロングポイントをどこにどのくらい持ってくかが大事だと思っていて、あまりそれを出しすぎちゃうとお客さんとマッチしなかったり、自己満になってしまうので、与えられたプレイ時間の中にどこか一箇所、二箇所、三箇所、自分が今日やりたいことっていうのを散りばめておく。全面に自分を出すっていうふうにしてセットリストとか考えていくとバランスよくプレイできるというかんじ。だからあまり押し出しすぎないんだけど、突き出る時は、めちゃくちゃ突き出る必殺仕事人みたいな。

 

 

 

◇縦横無尽にジャンルを横断する選曲は、どのような視点で構成を考えているのでしょうか?

子供の頃、DJを始めるずっと前からいろんな音楽を聴いていて、ジャンルを色々とかけたいっていうのは、身体に染み付いていました。
ただあんまりそのミックス自体が面白いからって、なんでもジャンルをごちゃまぜにしちゃうとまとまりがないもの、ミックスになってしまうので。ジャンルをまたぐにしろ、共通項を見出してつなげる。だから同じワードだったりとか、メロディーラインが一緒だったりとか、あとは、同じネタを使っていたりとか。そういうところに共通項を見出してつないであげるとわりとみんなついてくるし、聴きやすくなる。ただ闇雲にジャンルばらばらにかけるってのはなんかあんまりやらないですね。何かしら関連性を持たせてかけています。

 

 

◇IKUさんが考えるターンテーブリストとクラブDJの違いはありますか?

ターンテーブリストVSクラブDJとするとプレイ内容ががっつり変わってきちゃうんですけど、今あんまりそこの住み分けをしていなくて。自分がターンテーブリストだっていう気持ちでプレイすることが最近あまりなくて。DJの大会とかでジャッジで呼ばれた現場で、ゲストプレイとかもするんですけどそういう時でさえ、ターンテーブリストの要素を含んだクラブプレイというのをやるようにしてるんで、あんまりターンテーブリストだっていう意識はないんです。ただ強いて言えば、家でのリラックス方法とかリラックスしたいなっていう時はもう無心でスクラッチしていますね。あとは、全国を行った時にポータブルターンテーブルでシューティングしてるんですけど、ターンテーブルを最初に目指してきたからこそ、こういうことができるんだなということを感じたりはします。こういう現場ではターンテーブリストっては考えていないですね。2枚使いができるかできないか、スクラッチができるかできないか、それだけかなって感じかな。

 

 

◇IKUさんが感じるシーン(DJ、オーディエンス)の変化はありますか?

多分常に変化してるんだと思うんだけど、DJがプレイしやすい環境、自分がやりたい環境を作ったDJが強いなって思ってます。
タクトみたくこうやって自分のパーティーを持つってことは、自分がやりたいことを表現できる。自分のパーティーなら誰にも文句は言われないわけで、そういうパーティーを確立しているDJっていうのが東京にもいたりするんですけど、そこでは本当にみんながストレスのない状態でDJプレイしてるなっていう印象を受けます。これは今に始まったことではないですけどね。
でも、今だにそうなんだなと思うし、そこに遊びにきているお客さんもそれが見たくて来てるから誰もストレスを感じていない。こんなパーティーが一つでも多くあればいいですよね。今日もパリピのためになんかかけたくもない曲を並べて今日も仕事したな、じゃなくてやりたいことを表現できる環境を作るってことが大事かなと。

 

 

 

 

◇現在、DJの活動だけでなくWORLD DJ ACADEMYで講師を務めていますが、DJを育てる立場に立たれたのは何かあるのでしょうか?

経緯は、単純には教えてほしいって人が結構出てきたっていうのが単純な理由です。
これまで教えてもらったこともあるけど、基本的にDJってバンドとかと違って、一人で練習するものなので割と独学というか一人でやってきました。
だから、これまでやってきたことを簡単に人に教えたくないって気持ちもあるんですけど、DJシーン自体が盛り上がれば、自分の状態もよくなるかもしれないってのもあるので。
あとは、今DJが誰でも始められる状況なんですけど、簡単に始められるけど奥が深いっていうところを伝えたいというところがあって。実際にパーティーに一週間前に始めた子が人前でDJしているってことがありえるますし。でもそれはそれでよしとして。「奥が深いよ。職人ですよ」ってところは伝えたいなという活動の一貫ですかね。
「DJ簡単ですよ。スクラッチ体験できますよ」っていうDJの裾野を広げるイージーなものの啓蒙活動みたいなのは、結構いろんな人がやってると思うんですけど、逆に、「DJって奥が深いんだよめっちゃ難しいんだよ実は」って活動している人は、そんないないのかなって。その両方を上手くやっていかないとDJがただはいて捨てるだけになってしまう。みんな趣味で始めて、本気でやっている人たちの現場を奪っていき、辞めていくというのは、違うと思うので。

 

◇IKUさんにとってのDJとはどんなものでしょうか?

表現方法。
自分が自分でいられる場所というか自分自身というか。でもこんなこと言ったら怒られちゃうかもしれないけど、もし明日DJできなくなるってなってもたぶん一瞬落ち込むけど、そんなに自殺しようとまで思わないと思う。なんか違うことって考えるし、やりたいことを探すと思う。たまたま今DJが上手くいっているって感覚がまだある。だから、好きなことを見つけられたってことは幸せですね。本当は未だにサッカー選手になりたいけど(笑)

 

◇思い入れのある1曲を選ぶとしたらIKUさんは何を選びますか?

思い入れのある曲は、色々エピソードがあるんですけど、その中の一つ。
COOLIOっていうアーティストの『Gangsta’s Paradise』って曲があって、それを小学校6年生ぐらいの時にたまたま聴いたんですけど、
人生初めて聴いたラップミュージックで、それが心にぐっときたんですね。それを友達に聴かせたら、友達に「お前何聴いてるんだよ。気持ち悪いな」って言われたのがすごいショックだったという思い出の1曲です(笑)

 

◇ファンに一言お願いします。

いつも応援ありがとうございます。ナイトクラブだけでなく、昼のイベントとかいろんな場面で会えるように、いろんな場所でお目にかかけれるように頑張るのでよろしくお願いします。

 

 

【DJ IKU】

世界的権威のあるDJコンテスト「DMC WORLD DJ CHAMPIONSHIP」の日本大会【DMC JAPAN FINAL】に出場し下克上を成し遂げてその名を全国へ広げる。2008年には全国各地の予選を勝ち抜いた16名のDJで行われた【Red Bull STREET STYLE DJ BATTLE JAPAN FINAL】にて日本一に輝き、スクラッチの神様と言われるDJ Q-BERTからも高い評価を受け、ゴールドパネルのミキサーを手渡される。 2010年、 パーティDJのNo.1を決めるコンペティション【Red Bull THRE3STYLE DJ BATTLE JAPAN FINAL】で2度目の日本一に輝き、同年12月に行われた【Red Bull THRE3STYLE WORLD FINAL】に日本代表として出場。ターンテーブリスト特有のジャグリングとスクラッチでダイナミックかつ丁寧にビルドアップし縦横無尽にジャンルを横断するスタイルは、世界的に有名なDJ JAZZY JEFFをはじめ、DJ KRUSH、DJ KENSEI、DJ TA-SHIらにも高い評価を受ける。また国内有数の野外ビッグイベント「BIG BEACH FESTIVAL」に、2012・2013年と出演し世界的なビッグアーティスト達との共演を果たす。現在も全国各地のビッグパーティでプレイし会場をロックし続けている。

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【注目若手プロデューサー!】MATZ Special Interview !!

 

先日、自身がメインアクトを務めるRiviera Sapporoで開催されたイベント「BASICK」が大盛況に終わったMATZのインタビュー特集!

これまでのキャリア、作曲、DJスタイルなどMATZの裏側をご紹介します。

MATZの詳しい紹介や、オススメ曲は下の特集記事をご覧ください!

↓   ↓ 詳しくはこちら ↓   ↓

【天才若手プロデューサー! 】「MATZ」特集

↑   ↑   ↑   ↑   ↑

MATZ Interview

 

 

◇今までのキャリアを教えて下さい。

キャリアって言っていいかは微妙ですけど、高校生の時にDTMを知って、作曲活動を始めました。

当時はまだ未成年だったからイベントへの出演とかはできなかったこともあって、GA-SUUUさんとかArimaさんとかに、自分が作った曲を聴いてもらって現場でプレイしてもらったり、札幌ではそういう風に活動してましたね。

□そこから東京に活動拠点を移すまではどのようなきっかけがありましたか?

SoundCloudに自分で作った曲をUpしていたんですけど、それを今の事務所の社長さんが聴いてくれていたんです。

その事務所に所属されてた作曲家さんやシンガーさんを元々自分も知っていたり、色々な方を紹介してもらったり、そういうご縁が重なって、その事務所に所属することが決まったので、東京で活動できることになりました。

 

 

◇他のアーティストの曲をRemixする際に意識していることはありますか?

最近有難いことに事務所の先輩のMACOさんや和田アキ子さん、倖田來未さんのRemixをさせて頂ける機会が増えてきたんですけど、原曲がPopsだったりするので、原曲とはまた違う感じの良さをDanceMusicで表現できるよう心掛けてます。

J-Popは原曲のメロディの良さを残しつつ、DanceMusic調にアレンジできたらなって思っています。

 

◇先日リリースされた【This Is It】は、どのようなアルバムになっていますか?

TGC(東京ガールズコレクション)公式のコンピレーションアルバムでPopsメインになっていますね。

昔のEuroDance系のPopsを、今の時代でも使えるようにリメイクしたりしていて、モデルのEmmaJasmineさんと2人で好きな曲を選りすぐって、自分の曲も入れつつまとめました。

 

 

◇過去にSoundCloudからリリースされている『IcePhoenix』『JUNGLA』、昨年リリースされた『I See You』に至るまで、大きな曲調の変化があったと思いますが、そこに至るまでの流れなどを教えて下さい。

最初に自分がDanceMusicを作ったのは、エレクトロハウス路線でした。
PoterRobinsonとか、日本だったら中田ヤスタカさんとかに影響を受けた面が大きくて。

そのころは、BigRoomHouseとかは全然聴いていなかったんですけど、KSHMRとかMartinGarrixみたいなアーティストが出てきたのが、自分の中では結構衝撃的でしたね。
そういう音を参考にしつつも、こういうの作ろうとかはあまり深く考えないで作曲し始めました。

そういった時期にGA-SUUUさんだとかに自分の作った曲を初めて聴いてもらうようになり、”関ジャム”だとかのテレビとかで取り上げて頂けるようになりました。
BPM128の4つ打ちだとか、そういうのしか当時は作れていなかったので、「もっといろんな曲を作ってみたい」って思い始めました。
メロディックダブステップが結構好きだったので、東京に行ってその影響を受けてチャレンジして作った曲が、この前リリースしたEPには入っています。
自分の曲の曲調は変化していくかもしれないけど、その時その時で好きな曲を色々と作ってみて、その中でオリジナリティを持たせていけたらなと思っています。

 

 

◇普段はどんなジャンルの音楽を聴いていますか?

結構みんなそうかもしれないけど、幅広く聴いてますね。

家とかで聴くってなったらPopsとかメタルだったりとか、ビートルズとか、最近そういったものを聴いていることが多いですね。
YouTubeの高評価動画一覧のところに、最近はめっちゃビートルズの動画があります(笑)

 

 

◇作曲の際、どういったところからインスピレーションを得ているのですか?

既存の曲から得ることもあれば、「こういう曲作りたいな」って思い立って幅広い視野で観察したりします。

DTMに関しては毎日やってるので、”今日のテーマ”みたいなのを決めて取り組んでいます。
新しくて良い曲、フレッシュな曲に影響されることが多いかも。
そういった曲が自分の何か想い出とかと繋がったりした時、インスピレーションになることが多いですね。

 

◇UltraJapan2017に出演された際のお話を聞かせて下さい。

元々Ultraは、自分が高校生の時に日本に初上陸して、まさか自分がそこに立つとは思ってなかったですね。
自分が一番手だったこともあって、めちゃくちゃ緊張しました。

その日小雨降ってたんですけど、その雰囲気といい、自分の曲にすごくマッチして、想い出に残るステージになりました。

 

 

◇RivieraSapporoでご自身がレギュラー出演されているイベント「BASICK」は、どのようなイベントですか?

GA-SUUUさんやAkihiroさん方と一緒に出演させて頂いてるんですけど、特に曲の縛りなどもなく、自分としてはやりたいように・好きなようにやらせてもらえるイベントですね。
その中で新しい発見があったり、楽しんでくれるお客さんもいたりして、すごく良いイベントだなあと思っています。

 

◇今後のご自身の展望をお聞かせ下さい。

とりあえず、曲をたくさん作ってたくさんリリースします(笑)
そうしてリリースした曲を聴いた感想だとかを言ってもらえると、すごく有難いし嬉しいし、やっぱり自分の力にもなっていくかな。
そうなっていくためにも、楽曲制作に力を入れていきたいです。

 

 

◇ファンの皆さんにメッセージをお願いします。

直接お会いできた時やSNSを通して等、様々メッセージを頂いて、それが一番励みになったり、自分のやり甲斐になっています。
いつも応援ありがとうございます!
今後ともよろしくお願いします。

 

まとめ

 

今回のインタビューでは、DJ、トラックメイクの裏側など貴重な話を聞くことができました。

リリースの度に新たなサウンドを披露するMATZのこれからの活躍が楽しみです。
CM.JPでも新曲リリースの際には、紹介していく予定ですのでお楽しみに!

また、今後、CM.JPとMATZのコラボ企画を予定していますので、詳細が決まり次第、当Webサイト、twitterでお知らせします。

 

 

【MATZ】

身長187cm・20歳・北海道生まれ北海道育ちのプロデューサー/DJ。
エレクトロなどのダンスミュージックから影響を受け、15歳よりコンピューターを用いて楽曲制作を開始する。
北海道で活動し、SoundCloudに公開されたオリジナルトラックが早くも各地のDJから注目を集め、2016年にアメリカ・マイアミで開催された”Ultra Music Festival”でもサポートされる。
最先端のデジタル・クリエイティブを取り入れたスタイルと日本人離れしたスマートなビジュアルは、日本のダンスミュージック・シーンを牽引する次世代アーティストとなるだろう。

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HYPECRIER.TVINTERVIEW

【”Future Jack”の生みの親!】D.O.D独占インタビュー!

【”Future Jack”の生みの親!】D.O.D独占インタビュー!

 

D.O.D(ディー.オー.ディー)はイギリス出身のDJ&Producerで、今世界中で注目を集めているアーティストです!

今回CM.JPは4/27 「SINKA at WOMB Tokyo」、4/28 「GIRLS GIRLS at Riviera Sapporo」にスペシャルゲストとして来日したD.O.Dに独占インタビューをさせて頂きました!

D.O.Dについての詳しい紹介はコチラの記事をご覧ください!

↓ ↓ ↓ ↓ ↓

【独占インタビュー特別企画】 “Future Jack”の生みの親!D.O.D特集

【”Future Jack”の生みの親!】D.O.D Interview !!

 

◇前回の「GIRLS GIRLS」から二回目の札幌ですが、札幌の印象はどうでしょうか?

札幌の人は本当にいい人ばかりで、ここにいる人と出会えて良かったよ。
あとは食。食文化が本当にAmazing!

前回来たときは凄く寒い時期に来たけど、今回は少し暖かくなって、また違う札幌を見ることが出来たね。

 

◇多くの主要レーベルから曲を排出したり、成功を収めているD.O.Dさんですが、成功に至るまでのプロセスをお聞きしたいです。

元々その時流行っている音楽だったり、それに近いものを作るように努力していたんだけど、結局そこじゃないと気付いて、やっぱりオリジナルのものを作っていこうと思った。
そしてオリジナル楽曲を作って、徐々に売れていったかな。

自分のオリジナリティを追求して、その結果出来たのが”Future Jack”っていうジャンルだね。

 

 

◇海外のクラブと日本のクラブとの違いはありますか?

まず日本と他のアジアの国々の違いとして、日本はそもそもダンスミュージックを聞く文化があって、その分他のアジアの国よりオーディエンスも盛り上がりやすい印象があるね。
ダンスミュージックの文化の浸透は、アジアの中ではヨーロッパに一番近いんじゃないかな。

 

◇フェスなどの大きな舞台と、クラブなどでのプレイをする際に感じる違いはありますか?

まずフェスの場合は時間が短いのと、ただ盛り上げるだけで終わりなんだけど、クラブでのプレイに関しては展開を作っていくこと、そこが何よりも大きい違いかな。

やっぱり質の良いクラブだと、DJ達が場の展開を作るのも上手いしね。

 

 

◇フェスやクラブでのプレイでダンスフロアの高揚感をキープしながら進んでいくセットは、どのようなことを意識して作られていますか?

まず一番気にしているのは自分がやる時間帯で、まだ僕もメインだけでプレイが出来るわけじゃなくて、ヘッドライナーの前にやるときもあるから、そこは気にしているかな。
その時によって基本自分の曲を掛けるようにしているんだけど、その時間帯によって早い時間帯はそんなに上げなかったりだとか、一番盛り上がる遅い時間帯はガンガン掛けたりだとか、場を読みながらグルーヴを作っていってるね。

 

◇自身の楽曲でリリースの度にユニークな手法が伺えますが、そのような独自のインスピレーションはどこから生まれるのでしょうか?

基本元から思いついているインスピレーションとかは無くて、その日起きてスタジオに行って、そこで思いついたことをそのまま形にするっていうのが僕の基本スタイル。

『Zipper』っていう曲も実際にジッパーの音をサンプリングした訳ではなくて、SERUMっていうソフトウェアのシンセサイザーで作った音がジッパーに似ていたので、そこから付けたんだ。
元々インスピレーションがあって作ったのではなくて、『Sixes』も本当にその日スタジオに入って思った事を元に作ったら2日で出来たから、元々考えていた訳ではないね。

 

 

◇ご自身が生んだ「Future Jack」というジャンルはどのような音楽を指すのでしょうか?

基本はジャッキン・ビートと、グルーヴィなサウンド、誰も使っていないような音色を見つけるのがFuture Jack。
あとはシャッフルリズムのようなハネ方、ジャッキンドラムと合わせるとグルーヴが出来る。
それが”Future Jack”だね。

 

◇初期の楽曲である『BANANAS』や『More Cowbell』では、ジャンプアップエレクトロハウスとして位置づけ、現在はご自身独自のジャンルであるFuture Jackへと大きく変わって行きましたが、その音楽性の進化で影響を受けたものはありますか?

その曲のPVはバカっぽくて面白いんだ(笑)
基本はベースのハネる部分は昔から変わっていなくて、ただそれを進化させて更にカッコイイ感じに作り上げたものがFuture Jackかな。

 

BANANAS

More Cowbell

 

 

◇ご自身の今後の展望についてお聞かせ下さい。

今度AXtoneから『Glow』という新曲が出るんだけど、今までとは少し違ってFuture Jackがまた進化した形で、ボーカルを主体にしてトラックを更にクールな感じにしているよ。
あと、Sander van Doornとコラボして貰って、Doorn Recordsからも新曲が出る事になったんだ。
ウケるかウケないかは分からないけど、常にFuture Jackというものを進化させていきたいと思っているよ。

 

◇最後に日本のD.O.Dファンへ向けてメッセージをお願いします。

日本のファンはいつも暖かく迎えてくれて、お客さんの反応も凄く良いし、今日もまた日本のみんなに会えて嬉しい。
この後盛り上げるのを楽しみにしているよ!

 


 

DJ・Producerとしての観点や、人気楽曲の製作時のお話など、素晴らしいインタビューでした!

実際にお会いしてみて、Mr.D.O.Dはとても丁寧な物腰で気さくに我々CM.JPクルーにも接してくださり、温かい人柄が伺えました。

We had a really good time !
Thank you so much , Mr.D.O.D !!

 

サインも頂きました!!

 

【D.O.D】

D.O.D(ディー.オー.ディー)はイギリス出身のDJ&Producerで、今世界中で注目を集めている。
Wall RecordingsやDoorn Records、Spinnin Recordsなど大手の海外レーベルから数多く楽曲をリリースし、更には世界三大フェスと呼ばれる「Ultra Music Festival」、「tomorrowland」にも出演を果たしている。

Axtoneからリリースした『Sixes』という楽曲は昨年のMMW(Miami Music Week)で最もサポートされた楽曲になり、”Future Jack“というNew Styleを流行らせ音楽業界に一石を投じている。

また常に業界トップに君臨しているアーティスト、Axwell、Calvin Harris、Tiesto、Steve Angello、Afrojackなどからのサポートも手厚く受けていて、今最も勢いのあるアーティストの一人といえる。

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